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廃仏毀釈、神仏分離について語るスレ

1 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 08:17:05
明治に起こった廃仏毀釈、神仏分離で、多くの伝統ある寺院が破壊され、または強制的に神社へと改組されました。
仏教以外にも明治政府の意向に合わない神様をどかされた神社や、淫祠として破壊された祠も数知れず。
一体あれは何だったのか?
そんな廃仏毀釈や神仏分離関連の事柄、史跡などについて語るスレです。

2 :妖輝緋 ◆Tyn2tfw0AU :05/02/23 08:20:03
2げっとぉ!

3 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 08:41:53
実名は出さないけど、関東の神社本庁所属の某大規模神社の宮司、
神仏分離は間違いだってかなり強く批判してたな。

4 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 08:46:17
由緒書きでその辺の歴史には触れていない、或いはぼかしている神社も多いよね。
神社にとっては消し去りたい、或いは隠しておきたい過去なのかな?

5 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 09:15:33
痛いところ突かないでやろうぜ!
ただ、最近はしっかりと神仏習合時代の歴史を認め由緒書きの
偽造やめたところも出てきたのも事実。立山とか戸隠とか。

6 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 10:12:24
神職に旧別当は? 
尋ねればよい。

7 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 10:57:46
あとは、ここの本地仏は何ですか?とか聞くのも面白いかも。

8 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 15:38:50
政府は公式に謝罪したことあるの?

9 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 17:46:40
薩長が擁立した天皇が南朝系だとしたら御醍後帝はダキニ天に請願されていたので
廃佛はとんでもないんだろうが。つーか、単に徳川300年を打破して仏門武門政治の
しがらみを一新するための気分転換でしょ、

10 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 17:47:57
寺や仏像を破壊しろなんて命じた覚えのない政府はね、「神仏の分離だけ命じたのにブッ壊しちゃイヤン」ってことで古社寺保護法を作ったんだよ。
政府が出したのは「神仏分離令」であって「廃仏棄釈令」ではないからね。
国学者や一部の神道バカが勝手に誤解して破壊を始めたんだよ。
結果、多くの寺宝のみならず社宝までも消失した。

11 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 20:33:46
成田不動尊に対して「これは不動尊(うごかずのみこと)と言う神を祀った神社である」などと難癖を付けて来たらしい。
もう笑うしかないな。(w

12 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 20:45:16
天皇も代々仏教徒で、葬式はずっと仏式でやってきたのにな。
明治になってから突如神式に改められた。

13 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 21:26:20
それで四国遍路の55番なんて本尊が大通智勝如来なんだよう

14 :名無しさん@京都板じゃないよ :05/02/23 23:16:03
新式は絶対に焼かないんだよ、本来は、今の天皇もそう。
物部の呪法に死人を甦らすのってあんけど、DNA工学が発達した現在では
現実味を帯びてもきたな、やっぱユダ系でしょ、

15 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 23:19:17
なぁーつ祭り〜宵篝

16 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/23 23:40:15
神田明神の由緒書きには、明治7年から昭和59年まで平将門が末社にどかされていた事に触れていないな。
勅額も(ry

17 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/24 13:25:35
>>10
どうも江戸時代から「葬式仏教」に対する批判てのが庶民にもあって、
それが爆発したってのもあるらしい。

18 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/24 14:22:14
神仏分離と廃仏毀釈はイコールではないんだよ

19 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/24 16:58:44
文部科学省の役人の弁解は聞き飽きたんで。

20 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/25 13:10:32
『廃仏毀釈百年 虐げら続けた仏たち』

佐伯恵達:著
みやざき文庫20
ISBN4-86061-061-1
定価:¥2000+税

これを読むと坊主の味方なんかできなくなるねw
電波ゆんゆん、被害妄想光線出しまくりwwww
誤植・誤認・歪曲のオンパレード、必死なwww

21 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/25 13:17:33
捏造大好き神主工作員イラネ!

22 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/25 15:00:14
>>21
どこが捏造なんだ?ぼけw
>>20の本を読んでから、物を言え。

あとな、

    妻   帯   ・   子   ど   も   が   い   る   坊   主   は
    


    仏   教   者   面   す   る   な   (おほほ



最低限の戒律を守ってから
物を言えや(ぶはは

23 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/25 15:41:42
読んだけど捏造大好き神主工作員イラネ!


24 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/25 15:45:34
このてのスレ立つとすぐ基地外神主が釣れるなw

25 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/02/25 17:43:06
僧侶の妻帯は、平安時代初期から存在し、中期には半ば公然と認められてい
ましたからね。別当といえば、横領する者の方が多いというイメージ。
それだけに、堕落した僧侶が制裁を受けたという説話も多い。
神社の由緒についてですが、八坂神社は祇園感神院時代というか牛頭天王の
紹介もしていますが、北野天満宮は無かった事にしていますね。
今でも時々十一面観音の真言で拝んでいる人がいますが。

26 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/25 19:06:18
ただ、北野天満宮の場合、無かったことにしたってちゃんと
証拠が残ってますね。境内左側に。

27 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/27 00:26:52
紅葉山東照宮が取り壊されて、跡地に妙な新興宗教の教祖様が居座っているんですけど、なんとかなりませんか?

28 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/27 00:34:42
無理です

29 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/27 21:11:18
しょせん仏教は外来宗教だし

30 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/27 22:17:37
洋服着てること忘れてないかww

31 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/02/28 00:30:22
>26
証拠はほとんど壊されましたが・・・絵馬の事ですか。
>29
仏教色を取り除いたら、日本史や倫理などの教科書がスカスカになります。
教科書に出て来る僧侶はともかく、教科書に出て来る神主は近世までまずお
りませんし、仏教美術や立花や喫茶も・・・。
中世の縁起・中世神話も、ほとんどが本地垂迹説の影響を受けている。
近世に一部で盛んになった、神葬祭も新しいものですし。

32 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/28 04:31:14
廃仏毀釈 = そもそも日本文化を勘違いしてる電波ユンユン神主崩れ = バカウヨ
神祇不拝 = なにかにつけてこの教義を押し付けたがる真宗ボウズ= キモサヨ

(´・ω・`) = マターリ神仏融和で習合もありで、いいんじゃないの。


33 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/28 07:31:46
>>31
境内左の神宮寺のことです。
あれだけしっかり残っちゃったら、言い訳できないでしょう。

34 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/28 09:16:48
>教科書に出て来る神主は近世までまずおりませんし
歴代天皇だって神主だよ。

35 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :05/02/28 10:49:53
>33
ああ、大阪の某天満宮も、かつての神宮寺が隣り合っていますね。
すぐ近くにかつての神宮寺があるのは、まだいい方。廃寺も多い。
>34
即位灌頂も行われており、中世には日本の神々といえば本地の想定された
仏教的存在として認識されていた事は、否定し難いかと。
神主は神主でしょうが、13世紀初期に記紀神話を記した『秋津島物語』に
ある通り、神々の背景の世界観は院政期から仏教中心。
8世紀には天皇のための追善にも僧侶が関与しており、聖武〜称徳朝がや
や極端な仏教贔屓であった事を割り引いても、10世紀までには天皇が仏
教の修法に頼る状況が出現している。
その頃、病床で求められたのは医師と僧侶の加持と陰陽師の祭・祓です。
かつては忌まれていた神主と仏教との接触も11世紀には確認出来、伊勢
でも13世紀には兜卒天=高天原説が(一部で)成立していました。
伊勢神道ですら、仏教を否定するまでには至らず、影響も受けています。
日本史上に与えた仏教の思想的・文化的な影響は否定出来ないでしょう。

36 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/02/28 22:50:39
泉涌寺
ああ泉涌寺
泉涌寺
。・゚・(ノД`)・゚・。

37 :名無しさん@京都板じゃないよ:05/03/09 21:00:45
伊勢の度会府知事だった橋本実梁は、府内の約60寺に廃寺の願い書を差し出すよう強要。
その際、「まもなく廃寺の官令が出る。そうしたら寺の資産は一切没収だが、今なら私がなんとかする」と大嘘をつく。
騙されてうっかりと願い書をだした寺も多かったが、浄土宗寂照寺を中心とした寺院は、官令が出ない限り廃寺しないと抵抗。
橋本実梁は、明治天皇の伊勢参拝を口実に、参道沿いの寺院は全て取り壊すこととなったと再び大嘘をつく。
知恩院を通じて明治政府に上申した結果、大嘘がばれて寂照寺はことなきをえたが、橋本実梁が罰せられることもなかった。
橋本実梁が徳川家茂に降嫁した皇女・和宮の外戚だったが大きかったらしい。

ちなみに、宝塚歌劇の「武蔵野の露と消ゆとも」は橋本実梁を主人公としている。内容は皇女・和宮と愛を描いた幕末悲話。

38 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/05/03(火) 07:39:46
http://ex9.2ch.net/test/read.cgi/soccer/1113554125/

39 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/05(火) 11:53:19
廃仏毀釈のせいでたくさんの美術品が海外流出しちゃったよ・・・('・ω・`)ショボーン

40 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/07(木) 17:14:13
ぜんぜん盛り上がっておらんなー

近所の神社は元、仁和寺の末寺で平安時代から続いていたが、廃仏で廃寺に。
そしてそこの宮司さんは修験の末裔。

宮司さんに「廃仏の折、本尊さんは捨ててしまったんですか?」と尋ねたら、
「捨てれるわけが無いでしょう。大事な仏様は隠して、たいしたことの無いのを捨てました」
とのこと。
今も、大切に祀られているそうです。

隠れキリシタンならぬ、隠れ仏教徒に感動しました。


41 :妖輝緋 ◆Tyn2tfw0AU :2005/07/07(木) 17:27:45
ふふふっ。

42 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/07(木) 17:58:26
立て看板設置。 スレを支える参加者、発言者、の参加を募り(つのり)ます。
坐禅と見性 第20章 ◎飯袋子の集い◎驢年横行◎
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1119079479/
↓ 現在、下記の公案に取り組んでいます。参禅をお待ちします。<(_ _*)>ぺコリ

 ○  『 眼が見えず、耳が聞こえず、口がきけず、と言う三毒の人が、さくらを知るために、さくらの木に抱きついた。
   さて この三毒の人に これがさくらだと悟らせるには、どうしたらいいのだろうか。 五力(ごりき)によって解決せよ』 
※ 三毒(仏道修行の障害になるもの、毒)、貪瞋痴(とんじんち) 「貪(むさぼり)瞋(いかり)痴(おろかさ)」または、三毒の人をインテリバカセ、とも言うらしい。

ヒント!→【五眼(ごげん)を浄うし(きようし)五力(ごりき)を得(う)、】

●五眼   眼(げん) ひかるもの、「智慧」のこと。
@肉眼A天眼B法眼C慧眼D仏眼

●五力ごりき (力 は作用・はたらきの意) とは、「智慧の働き」
(1)信力(信ずる力)。(2)精進力(精進勉励する力)。(3)念力(持続の力)。(4)定力(禅定心、集注の力)(5)慧力(智慧簡択の力)

43 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/07(木) 22:39:36
>>34

神主の天皇と坊主の天皇とドッチが多いか数えてみたら?

44 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/08(金) 05:59:46

坊主なんか皆殺しにすべきだよ

  
 妙尊寺は潰れろ!

45 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/07/08(金) 06:26:45
>>44
皆殺し?
おまえひとりでやれよ。

46 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/08/11(木) 14:43:44
とりあえずアゲマス

神仏分離令ばかりでなく、神社統合令もまた政府による宗教弾圧。
神道の人は過去の神社統合令とか政府による神道支配(国家神道)をどう認識してるのかね?
神社本庁のホームページでは分からない・・
神道もまた被害者であると思うけど・・・
ついでに廃仏毀釈はどう思っているのだろうか?仕方の無いこととか・・自業自得だとか・・・
まだ唐こころを捨てて・・・と思っている人はいるのだろうか?

47 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/08/21(日) 10:50:27
中国の文化大革命に匹敵する廃仏毀釈を知らない日本人が大杉
百年以上前の出来事だからしょうがないが、「新しい〜」にもほとんど触れていない。
明治から日本人の宗教観はおかしくなりはじめ、そこに唯物論が入り込んだ。

朝鮮台湾が日本の植民地支配のお陰で豊かになったように、神道は仏教のお陰で流布、発展できたと言うのに
その大恩を仇で返すとは・・・神社の造営、経営基盤は誰のお陰だ

48 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/08/21(日) 10:58:08
坊主なんか皆殺しにすべきだよ

49 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/08/21(日) 11:53:09
お前もいずれ死ぬぞ。


50 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/08/21(日) 12:23:22
廃仏毀釈で貴重な文化財を沢山失った。


51 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/08/21(日) 16:11:17
坊主なんか皆殺し

52 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/08/21(日) 19:20:20
それしか書けないの?可哀想に・・・


53 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/08/21(日) 21:38:59
>>51
通報しました。

54 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/08/22(月) 14:02:32
神仏分離令に関わらず、日本の法律は文化、文化財を残すようには出来ていない。
例えば、現在の建築基準法では日本の誇るべき伝統建築はいずれ消えてしまうだろう。
都市部の住宅地では木造での寺社建築は禁止されている。

55 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/01(木) 15:05:01
生あるもの必ず滅す、形あるもの必ず砕けんって言葉が仏教にあったと思うけど。

56 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/05(月) 16:35:10
大阪生国魂神社元権禰宜北崎勝史、西本願寺襲撃
廃仏毀釈の再来じゃ〜

57 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/05(月) 18:09:56
諸行無常

58 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/05(月) 20:39:06
西本願寺襲撃犯北崎の女房も館友で本人と同じ国史34期卒

59 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/06(火) 14:02:47
神職が放火せんでも、寺は仏像の盗難、不審火などでしょっちゅう受難続き
ともかく文化財が消えてゆくのは悲しいことだ

60 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/07(水) 12:32:48
こんな板があるてゃ
別の板で
>廃仏は檀家制度に苦しめられた民衆の起こした事

と、廃仏毀釈を市民革命みたいに言うバカがいたが、明治初年に指導者もなしに
起こせるかってーの
民衆をたきつけた田舎神主や国学かぶれの庄屋の息子がいたわけだ。

廃仏毀釈が収まるとすぐさま復興された寺も多かった。
檀家制度に苦しんだ民衆が寺を復興するか?そんだけ支持されていたわけだろ

61 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/07(水) 13:27:45
廃物希釈のあとに、指導者もなしに寺を復興できるかってーの
民衆をたきつけた田舎坊主や仏教かぶれの庄屋の息子がいたわけだ。

檀家制度の強制が厚遇が終わると破却された寺も多かった。
檀家制度に親しんだ民衆が寺を破却するか?そんだけ憎まれていたわけだろ


62 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/07(水) 13:37:27
檀家制度の苦しみってなに?


63 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/07(水) 20:41:40
坊主は憎まれてたんだろ

64 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/08(木) 10:19:18
廃仏毀釈は根深い僧侶と神官の争いが原因

一つは経済的社会的理由 身分は僧侶が上、しかも神仏習合の神社の経営は
僧侶が握り、神官の地位は低かった。
そんなわけで神官は坊主が憎かった。

次に、僧侶のほうは漢文が読めて学問があったが、神官は学問がなかった、つまりバカ
そのため論争すると僧侶が勝つ
そんなわけで神官は坊主が憎かった。

現在、宗教関係の大学はバカがおおいのは周知の事実。
ところが国立大学(旧帝大)文学部にはインド哲学科という
仏教研究の場があるのに対し、神道科というのは存在しない。


65 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/08(木) 11:48:40
>>64

東京帝国大学にはあったよ。戦後、GHQに潰されただけ

66 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/08(木) 12:29:17
創価やオウムは戦中の反発かな?

67 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/08(木) 12:49:52
戦前ではなくて現在、国立大に神道科がないことに意味がある

68 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/08(木) 18:01:43
だな

69 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/13(火) 20:44:26
>>62
きっと管理されることに耐えられなかったんだよ

70 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/13(火) 22:34:24
??

71 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/13(火) 23:15:34
>>山野さん
なんで北野天満宮で十一面観音の真言なの?
本地だから?

72 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/14(水) 10:28:37
檀家制度という制度の意味が良く分かっていない。
主に人別帳の管理と宗門改め、言わば戸籍係。

いまでも日本人ならみな戸籍を管理されているだろう?それが苦痛か?
まっ、国籍が違うやつなら管理されることが苦痛か・・・

73 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/14(水) 10:30:53
廃仏稀釈にあった寺院は特定の檀家を持たない寺院も多い。
檀家を持たないがゆえに破壊された後、復興されなかった。

74 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/14(水) 21:41:15
日本人は本当は仏教が嫌いなんだよ

75 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講@佛所 ◆xd7mxrd9Z6 :2005/09/14(水) 21:43:19
じゃ神道がすきなのか?

76 :宇宙神:2005/09/14(水) 21:46:31
わたしは宇宙が好きですぞ!

77 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/14(水) 21:48:13
>>75
かもね。神仏習合が良い例でしょ。
仏教をそのままの形で受け入れることに抵抗があったんだよ。

78 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講@佛所 ◆xd7mxrd9Z6 :2005/09/14(水) 21:51:41
でも日本の歴史の大半は神仏習合で、明治になって無理やり引き剥がした
ものですよ。

それをやったのは国学の連中ですよ。民衆とか大衆じゃあない。

79 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/14(水) 22:13:56
神道と仏教の反目は古代にもあったでしょ。曽我氏・物部氏の対立みたいに。
廃仏毀釈って日本の歴史に起こるべくして起きたものだと思いますよ。

80 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/17(土) 16:13:43
あんまり相手にしたくないが・・・
古代と近代を同列に語るなんて・・・歴史学にそうとう疎い人ですね。
時空を超えた脳内劇場でごゆっくりとおくつろぎ下さい・・・

81 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/17(土) 16:23:21
明治の神仏分離で日本人の宗教観はいびつになった。
そこにカルト的新興宗教の勃発、
本来、カルト的宗教は流行神みたいなもので一時的存在だったのが
宗教法人を獲得して恒常的存在になってしまった
ええじゃないかも天理も金光も同じ穴の狢

82 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/17(土) 21:14:01
ええじぁないか

83 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/18(日) 00:47:19
檀家制度で仏教が骨抜きにされてそれまで本地垂迹説で仏教に抑圧されていた
ヤオヨロズの神々が復活し荒ぶる神々となって仏教に報復したのが廃仏毀釈。

84 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/18(日) 10:14:29
檀家制度の弊害はいろいろあったからな。
お布施を渋るとキリシタンとみなされ村八分にされたとか
お堂にいつまでも未納者リストのような名前が張り出されたらしい。
恨まれるような事をやっていたんだから仕方ない。


85 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/18(日) 10:46:55
>84
江戸中期の檀家制度を研究しています。
そのような資料があれば紹介してください。


86 :宿題は自力でやりましょう:2005/09/18(日) 12:05:17
自分で探せや、馬鹿大学生めが

87 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/18(日) 12:25:06
>85
84はガセだな
江戸時代の布施は現金ではなく、米だ。
米を布施出来ない家は労働力を提供する。
従って、未納なんてありえない。

>86
おまえ中卒だろ?もしかして中退か?
大学生に対してのコンプレックスを感じるぞ。


88 :アハハ:2005/09/18(日) 13:05:49
>>85=>>87
>>86は図星だったようで、アハハ
課題は自分でこなせよ、納税すらできない馬鹿学生くんw













懲りずにまた降臨W
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

89 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/18(日) 13:08:25
85:09/18(日) 10:46
>84
江戸中期の檀家制度を研究しています。
そのような資料があれば紹介してください。


・・・で、弐ちゃんしか頼るところがないとは
よほどの(ry

90 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/18(日) 13:16:17
西本願寺阿弥陀堂の修復費用はどうするんだ?
重文だから国が出さなければならない。つまり税金だ。
神道オタクはまたく、国賊だ。

91 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/18(日) 13:32:45
国庫なんて
ごく一部しか出ないのには。
知ったかバカ発見(笑

92 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/18(日) 13:58:00
国指定のばあい、半分は国の補助
4分の一は自治体、残りが所有者負担

93 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/18(日) 22:23:34
神主のほうが信用出来る

94 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/19(月) 01:06:26
キリシタン統制のための幕府出先機関ってのは
少し前の文芸春秋に出てた。
江戸時代の寺ってかなりエグイことやってたから
廃仏でめちゃされても仕方ない。

95 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/19(月) 10:21:44
日本がキリスト教になっていたら・・・

神社は真っ先に焼かれていたであろう。
そしてハロウィンの仮装は日本の古代の神々の成れの果てであると民俗学の
本に書かれていたであろう

東照大権現有難う!
仏教有難う!
あなた方のお陰です


96 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/19(月) 10:38:19
既出かもしれませんが、福岡の宮地嶽神社に行ってきました。
奥の宮は古墳内の横穴式石室に江戸時代、不動明王を祀ったもの。
神仏分離で「不動神社」となり、現在は神道形式で不動明王の
祭祀が行われています。神前には御幣・塩・洗い米のお供え。
お灯明とお線香を供えて参詣するのが古来のしきたりだそうです。
仏教のやりかたが受け継がれてるんですね。拝殿内には何体かの
不動明王の像が安置されていました。
ご縁日も二十八日、お不動様の日ですね。御朱印も不動明王の尊影
ですし、ご神体として社務所でうけることのできるお守りなども
不動明王の尊影・梵字の入ってあるのもありました。
日本の神を仏教形式でお祀りするのと逆のパターンで、興味深かったです。

97 :信長:2005/09/27(火) 11:07:04
一向宗は皆殺しに致せ

98 :信長:2005/09/27(火) 11:08:42
一向宗は皆殺しに致せ
本願寺は己の所業を反省すべき。

99 :861:2005/09/28(水) 10:09:19
廃仏毀釈の時、仏教美術ばかりでなくそのほかの膨大な文化財が消滅した。

一つには幕藩体制が崩壊しそれまでの古い価値観によって支えられた
美術品が意味を失った。
また、それらの美術品を所有していた諸大名が廃藩置県で国許に
帰ることとなり、そのさい大量に流出したが、新たに東京に入ってきた
薩長など新政府の人間はもともと下級武士のため美術が理解できず
、そのまま海外に売られていった。
その状況に待ったをかけたのがフェノロサ、岡倉天真達だが
実はフェノロサも重要な美術品はこっそり海外に持ち帰っていた・・

100 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/09/29(木) 16:18:20
熊本県阿蘇山西巖殿寺の放火により消失したお堂が再建されるそうです。
阿蘇山は阿蘇神社が有名ですが、昔は山岳仏教の霊場でもありました
阿蘇五岳は曼荼羅でもあり寝釈迦でもある

101 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/11/03(木) 01:35:24
徳川家ゆかりの東叡山寛永寺は焼討ちされましたね。

102 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/11/03(木) 01:37:20
やっぱ神道って狂信的なDQNが多いみたいだなw

103 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/11/03(木) 19:46:35
廃神毀釈しようぜw

104 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/11/03(木) 20:50:03
>>103
神仏両方否定?
つぎはキリスト教か

105 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/11/03(木) 21:57:13
墓や供養塔の類が一切ない寺ってないの?
仏様は拝みたいが、浮遊霊なんぞ拝みたくはない。

106 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/11/03(木) 23:47:27
もともとなかった寺も、最近は墓地を持つところが増えてきてるね
そうじゃないとやっていけないから・・・

107 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/11/04(金) 07:59:52
廃仏毀釈よりも檀家制度の完全廃止をしてほしかった
そうすれば仏教なんて今頃影も形も無くなってたと思うのに

108 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/11/26(土) 15:44:01
久々だが・・・

>廃仏毀釈は寺院に抑圧されていた民衆の解放運動・・・みたいなこと言う
あなた、文献上の根拠を示してくれ
もしくは、そんなデッチ上げを載せている本があったら紹介して

最近、廃仏毀釈を知らぬ年寄りが増えてゐる・・・死ぬ前に再教育してやらうと
思うぞ


109 :名無しさん@京都板じゃないよ:2005/12/02(金) 12:49:45
神仏習合>>>>>今の神道
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/news/1133494963/

110 : 【末吉】 【1723円】 :2006/01/01(日) 19:01:12
age

111 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/02/08(水) 06:00:37
明治の神仏分離は、日本史上最悪の文化破壊行為であったと思う。
ところがそういう認識を持っている日本人はほとんどいない。
明治以降の日本人にとっては、宗教など二義的なものに成り下がってしまったから、それに対して真剣に異議を唱える者もいない。
「すべてはもう済んだこと」というわけだ。
日本の実質的な文化史は、ほとんど5世紀の仏教伝来より始まる、と言っても決して過言ではない。
神仏習合は、仏教伝来から間もなく始まっている。神と仏を共に崇拝するのは全然矛盾しない、という理論づけも初期から完璧に確立されている。
天皇家も代々仏教徒であったのだ。
明治維新の指導者、明治の為政者たちよ、貴方方は、取り返しのつかない錯誤を犯してしまった。
そして子孫に取り返しのつかない禍根を負わせてしまった・・・・。
おり、以来1500年間、


112 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/02/22(水) 00:07:38
ここは勉強になるなぁ

113 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/02/28(火) 23:08:38
>>111
大嘗祭における即位灌頂
法皇という退位したのちに出家した天皇の尊称
門跡寺というもの
何百年も続いてた仏教信仰を、明治政府が神祇政策でゆがめてしまった。

天皇家は仏教も信奉してたわけなのに、
「天皇家は昔から神道の最高祭祀者」などというヨタ者がいるのも
困ったものだよね。


114 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/02/28(火) 23:26:28
欧米白人らは何代にも渡って畜生の牛や豚を喰らってきたんだよ。
奴らの性格は畜生だ。喰らった畜生肉によって、そのDNAが骨の髄にまで
染み付いている。だから帝国主義によって近代兵器で簡単に頃し合う。

これに立ち向かうには目には目をで、宗教的には神道と浄土真宗さ、
外面は小奇麗にして内実は野蛮な帝国主義に化けるには神道が一番。
食肉には浄土真宗も必要だから昭和の天皇の皇后は本願寺から来たろう、

明治以降の天皇に神なんか降りないさ、明治天皇自ら食肉だもの、
本来は殺生禁断の仏教では近代は駄目だったんだよ。


115 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/01(水) 00:32:51
スレタイから外れるけれど、あまりに大嘘が多いので・・・

諏訪大社では神前に鹿を捧げていましたね。

昭和天皇の皇后の妹・智子女王が、東本願寺大谷光暢夫人になります、
よく確認してから書き込みましょう。
貴方の書き方だと、本願寺が実家のように受け取られますよ。

肉食は薬食いと称して、滋養強壮のために行われていました。
江戸期には猪肉を食べさせるももんじ屋などが存在していました。

全体的に混乱していて、理解しづらい文章ですね。

116 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/01(水) 16:55:13
草食でいちいち栄養内分泌を待つよりも、手っ取り早く畜生肉を喰らって
ビタミン等も補給した方が効率もいいし、何と言っても、霊的には、
獰猛な畜生の御霊を採り入れることで苦痛が苦痛ではなくなって
帝国主義侵略活動のような過酷な行動にも耐えられるからさ。

見境の無い虐殺や無差別強姦等も本来は動物畜生霊の性格そのものだし、
欧米白人、特にアングロサクソンは牛の乳液から肉まで徹底的に搾取
して成り立っているもので、そもそも「搾取」なんて言葉自体が牛乳搾り
から来ているもの。今のイラクなんか霊的には羊と牛の霊の戦いで、
アラブ人がよく頃す羊とアメ公に染み付いている牛の霊の戦い。

明治時代なんてこんな畜生国を手本に、その猿真似をしようとしたものだ。
神道はそういう類の政治宗教で、表面だけを繕った霊的本質を無視した似非宗教だ。
だから喰肉や牛頃しだって平気だし、浄土真宗のような生臭方便仏教と霊的レベルでは
瓜二つなのも頷けるものだ。

117 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/01(水) 18:08:27
いずれにしても
教科書でも廃仏毀釈はほとんど取り上げていない。
作る会の教科書では逆に肯定的に取り上げてある。
さもあらん
廃仏毀釈を知らない日本人が大杉。

118 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/02(木) 12:20:16
>>114 >>116
肉のお話は面白かった。

>>117
明治政府の宗教政策は怒涛の嵐だよな。
仏像の処分はよく知られているけど、僧侶を神官にしたり、
それまで祀られた神を抹殺して、国家神道にふさわしい祭神にすり替える。
寺院の名称を変えさせる・・・。

仏様も信心してた天子さんを、神道一本にかえてしまったんだから。

119 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/02(木) 15:29:48
宮中行事から神道以外の要素を廃したため、大正天皇の即位式は、ものすごく質素だった。
明治天皇の即位式を見たことのある人たちから、あれでは可哀想だと言われたぐらいに。

120 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/03(金) 08:13:04
「権現」という言葉は、今ではもう死語になってしまった感があるね。
「権」という漢字には、「仮」という意味がある。
つまり「権現」というのは、「仏の仮の現れ」ということなのだ。
この呼び名も、神仏習合の成果である。
「神々は仏になれずに苦しんでいる存在であるから、これを助ける」
これが神仏習合の基本精神である。
仏教は、そもそもブッダからして、「神々」の存在を認めている。
「仏教は無神論である」という誤解が我国の、特にインテリ層になぜかあるのだが、
それは全くの誤解であり、仏教は原初から多神教的な神々の存在は認めているのだ。
ただし、セム族一神教とは勿論相容れない。言うまでもない。
だからこそ仏教はシナでは多神教の民族宗教である道教と習合したし、日本では同様の神道と習合して受容されていったのだ。

ところが明治政府は、愚かにもこの両者を無理やり引き離し、「神道」と「仏教」という全くの別物として扱うように強制したのだ。
こうなると、理論上、神道か仏教か、どちらか一つを選ばなければならなくなってしまう。
近代以降の日本人の宗教観の混乱と退廃の最大の原因は、神仏分離政策にある、といっても決して間違いではないのではないだろうか?

121 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/03(金) 15:23:50
仏教の基本中の基本は、「生きているものを頃すことほど罪深いことは無い」、
「殺生こそ最も罪深いこと」と教えているんだ。

動物は草花に至るまで仲間なのだから頃してはいけない、が仏教。

ところが白人帝国主義や大陸性遊牧民などは、頃して喰え、略奪して賄えだ。
四足を喰らえば、その肉に内包されている四足の霊性をも一緒に喰うわけだから
その性格が喰った人間にも必ず移る。科学・学問的には蛋白質だけでも、
霊性と云う千古からの不変真理を無視した物質文明では何もかにも滅茶苦茶だ。

豚を頃すと豚の霊が暴れるのだが、人間様の霊よりは弱いので抑えられているが、
あるとき豚の霊が巨大化して人間に仕返しをしようとすることもある。

大日本帝国末期の特攻退院の心境とは、まさにト札場に連れられる家畜の心境にも
近いものがあったはずだ。

それもこれも明治政府の生臭政策が諸悪の根源で、霊力の弱い超賎人などに巨大化した豚の怨霊が憑いて
地球を壊してやる、とわめいている。
東からは牛霊の塊であるアメ公が、これまた自国飼育の生臭を喰え、と、ひつこい。
自分の生臭を日本人に喰わすことで動物霊呪いの因縁転化ができるからだ。

アメリカはもう牛霊呪いが限界で、アメリカ人は肉食による体内異生物御霊繁殖による癌を通り越して
今や人間が皆、牛化してしまっているのだ。ニクソンを言霊解釈すると「肉噂」であり、
ベトナムにダイオキシンや無差別爆撃を行った功罪イコール牛怨念具現化なのである。

122 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/03(金) 15:41:45
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
| 電波を感知しました。 |
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    (__)_)

123 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/10(金) 11:37:48
日本人も地方特に山村へ行けば肉を食ってましたよ。
でないと食うものがない。

124 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/10(金) 12:39:24
山村に行かなくても食ってましたが。

125 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/10(金) 14:19:19
廃仏毀釈、神仏分離と肉食はあまり関係なけど・・・

諏訪の御頭祭で鹿の頭や兎の串刺しを供えていたら、明治になって
それは野蛮であるとの理由で御神饌を変更させられたらしいが
日本全国津々浦々みな伊勢神宮の祭式が基準になった

明治以前の神事を野蛮だと言う一方で敬神崇祖なんて言ったり
明治の人間は自己矛盾にきづかなかったのか?

126 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/10(金) 15:23:17
帝国主義真っ盛りのバーバリズムの時代なのだから仕方が無い。
軍艦で脅して弱小民族から資源や労働力や財宝を収奪する弱肉強食なのだから。
奇麗事だけで乗り遅れると朝鮮や中国のようになった。
血の滴るレアの肉を喰らって体力を付けて産業を振興して強兵を増やし、
自分が帝国主義者になって他を喰わないと、自分がやられた時代だ。

127 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/10(金) 16:46:24
しかしね、世界的に見て植民地時代の終わりになって
古典的な植民地政策を実行した時点で明治の指導者は
時代遅れというか未開だったわけだ

128 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/10(金) 16:53:03
時代遅れはワシントン条約以降でしょ。

129 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/10(金) 18:16:22
笑いのつぼを教えてくれ

130 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/10(金) 19:51:24
経済帝国主義真っ盛りのバーバリズムの時代なのだから仕方が無い。
経済・技術力を見せ付けて亜穂弱小民族から労働力を収奪する弱肉強食なのだから。
平和主義で表面だけを奇麗に見せて内実は合法的労働力収奪の植民地政策だ。
すると奴らは歴史の繰り返しに業を煮やして昔の軍国帝国主義を出して来た。
靖国神社をボロクソに言いながら。

自分が帝国主義者になって他を喰わないと、自分がやられた時代だ。




131 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/10(金) 21:49:09
天皇機関説を社会生態学的に考える(その2)
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/soc/1141897748/

132 :824:2006/03/14(火) 16:31:11
長崎市の護国神社は隣の諏訪神社に人気を取られて存在感まるでなし。
大村市の護国神社もまた自衛隊駐屯地の近くにあるわりに存在感無し。

両者とも明治の廃仏毀釈で破壊された
徳川幕府とゆかりのある真言宗寺院の跡地に建っている

らしいよ


133 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/25(土) 20:39:01
道明天満宮に行ってきた。
ここも元は道明寺
今では道を挟んで神社と寺が建っている。
何でも廃仏毀釈のとき5坊のうち2坊が
神主になって神社にしたそうな。
生きるために必死だったんだね・・・・
でも寺宝のほとんどが神社に移って
寺は不満らしいよ。

134 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/03/25(土) 22:01:00
>>120
祭神の名称も、天王、権現、大明神が「大神」にされてしまいましたからね。
まるで平安時代前期の様です。牛頭天王改め牛頭大神とか。
鹿島では、スサノオの別名が牛頭天王としているそうです。

135 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/26(日) 23:19:12
寺と神社に分かれたところも、対立するんじゃなくて仲良く、歴史とか文化財とか共有しあったらいいのにね。
利権が絡むと大変だろうことはわかるけど。


136 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/28(火) 15:26:26
今でも交流しているところはたくさんあるよ

137 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/03/28(火) 20:10:37
>>136
交流例はどこかありますでしょうか?断絶例(秋葉、大山等)の方が多そうですが。

138 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/05/17(水) 09:44:59
歴史的事実を無視する輩は良く見るがよい。


139 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/05/19(金) 09:25:36
僧りょと神職が世界平和祈る 東山・清水寺で献花祭(京都新聞)

 清水寺(京都市東山区)と石清水八幡宮(八幡市)の主催する「国家安泰
世界平和祈願献花祭」が18日、清水寺であり、僧りょと神職が仏前で世界
平和を祈った。
 本堂での献花祭には、京都府神社庁や京都仏教会の関係者約50人が出席
した。導師の森清範・清水寺貫主と斎主の田中恆清・石清水八幡宮宮司が本
尊の十一面千手観音菩薩像の前に対面して着座した。
 境内の音羽の滝の霊水と八幡宮の神水が仏前に供えられた。清水の舞台で
巫女(みこ)が舞を披露。修学旅行生や参拝者も献花した。
 この献花祭は、明治時代の神仏分離以前に、人為的に壊された日本の精神
文化を見直す目的で開かれた。今回で4回目。

ttp://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2006051800160&genre=J1&area=K10

140 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/05/19(金) 09:58:51
良いことですね、神仏習合。
大宰府天満宮でも毎年、天台宗僧侶によって法楽が行われています。

141 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/05/19(金) 17:56:02
神仏併合ってのはどうでしょう?

142 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/05/20(土) 19:27:34
併合では多様性が失われるから意味ないかと。
文化は非効率な部分もあるものですから。

大宰府は法楽があるのですか。天神さまは幸せでいらっしゃいますね。


143 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/06/27(火) 15:50:40
お寺に鳥居なんて珍しくもないよ

144 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/07/09(日) 00:32:09
あげ

145 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/07/09(日) 17:48:26
ひさびさに見ましたね・・・このスレ

こないだ大宰府天満宮にお参りに行ってきました。
職員の方とお話する機会がありましたが
先ごろ安楽寺時代に行われていた法楽を復活し
小規模ながらも天台宗僧侶によって法要が行われているとのことで
す。

146 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/07/24(月) 11:35:33
嘗て、大阪住吉大社の境内に奈良時代の天平2年に孝謙天皇によって建立された神宮寺があった。
神宮寺は「住吉三大寺」の一つ。
三大寺とは住吉神宮寺(新羅寺)、津守寺(瑠璃寺、津守寺を建立した津守氏は住吉大社の旧社家)
荘厳浄土寺のことで廃仏毀釈により荘厳浄土寺のみが現存する。
本尊は新羅から請来された薬師佛で、
脇侍に平安時代の定朝作といわれた日光仏・月光仏・十二神将の像が祀ってあった。
さらに境内には二つの塔(東塔、西塔)・釈迦堂・阿弥陀堂・大日堂・求聞持堂・一切経堂があった。
しかし明治6年、徹底した廃仏毀釈により本堂や東塔をはじめほとんどの仏堂が破却された。かろうじて西塔は阿波切幡寺に五円何十銭かで売却、現在重要文化財の指定を受けている。


147 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/08/21(月) 17:22:08
徳川家康を神として祭り、東照大権現の称号を与えたのは天海僧正だそうですが
山王神道には人を神にする儀式があったのでしょうか?

148 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/08/25(金) 21:37:07
>145
ありがたいことですね。

>147
無ければ出来ないでしょう。ご存知の通り、当初は吉田家の梵舜が大明神と
して祭祀する筈であったのを、天海が吉田は山王の末社などと主張して崇伝
曰く「(役目を)掠め取って」います。
この辺りの事情は、梵舜や崇伝の日記・書簡に詳しい。
ちなみに、本地佛は鳳来寺の本尊でもあった薬師如来でした。

149 :147:2006/08/27(日) 15:51:49
御教授有難うございます。
地方でも大名家が藩祖を霊神や明神として祭る例は多々あったようですが
うちの地元のでも江戸中期には藩祖を明神として祭っています。
そのときは天台宗の寺院が関わっており、また白川家より許可証というか
奉書をもらったようです。

150 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/08/27(日) 23:20:40
近世になると、功績を理由に人を祭神化する動きが出てきますね。
民間では専ら横死者(戦死・病死・事故死など)を死因となった病気などを
つかさどる神として信心していた様ですが。
幕末になると、志士たちの周辺で一般人でも神にしている。

151 :名無しさん@京都板じゃないよ :2006/09/03(日) 00:33:05
民俗学的な解釈でいうと亡くなってすぐは死の穢れが多く、
供養をして33回忌とか50回忌あたりで弔いあげ。
穢れも清まってくるからそれ以降は死者の魂はご先祖様の一団(=氏神様)と同化。
つまり神様になるという。
神道と仏教が入り混じっている。
だから弔いあげ済んだ魂を神として神社で祀ることは可能だったのでは。




152 :名無しさん@京都板じゃないよ :2006/09/03(日) 00:36:16
死の穢れも生臭も一緒にする明治以降の神道が
正しいはずがない。
酷いカタストロフィーが必ず伴って来る。
そんなこと日本の近代史を観ればわかる。


153 :名無しさん@京都板じゃないよ :2006/09/03(日) 06:45:00
昔は土葬だったから死体が腐る。
腐った死体を見て、「穢れ」と感じるのは人間の感覚として自然だったのでは。
神話ではイザナギがイザナミ恋しさに黄泉の国に行くことになってるけど
実際のところ埋葬を掘り返して死体を見てみたら腐って蛆が湧いていた。
死は穢れている。っていう素朴な感覚だったと思うよ。
つまり「穢れ」の感覚は国家神道が持ち込んだものじゃないってこと。
ただ、明治以降の国家のバックボーンとして神道を利用した。
戦争の充分な反省もないまま国家神道の流れを
今の神社神道、靖国神道が受け継いでいることが問題と考える。
神仏分離・廃仏毀釈も反省してもらって明治以前に戻してもらいたい。

154 :名無しさん@京都板じゃないよ :2006/09/03(日) 08:32:04
神仏習合の度合いが比較的濃い関西地方には
畜肉畜神国の米軍基地がほとんど無いのも不思議だ。
京都は空襲も受けなかったな。

155 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/03(日) 09:05:04
不思議も糞も米軍が文化財に配慮したんだろ。神保町に配慮した説もあるくらいだし
古都ならなおさら。加護とか言うなよ。

156 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/03(日) 09:49:08
146住吉、今の宮司は、ぴったりですね、祇園乾神院(八坂)からの転任だから
石清水でも、近年天台僧が大般若転読したみたいですね。
神仏習合復活というか、今でも各地の祭典で夏のスサノオ系の神社では、
スサノオ祭と言わずに、テンノウ祭といってますよね。




157 :名無しさん@京都板じゃないよ :2006/09/03(日) 11:29:11
現世での物理的生存と拡張が第一で、そのためには四足肉を食らって体力を付けて
帝国主義に専念しなさい。情を掛けるアジア的儒教仏教は邪魔だ。でないと白人国家に
身も心も食われる。現世での物そのものが重要で精神なんかは二の次でくだらないものだ。
・・・・・敗戦して来世経典の挑戦法華が流行るのも皮肉、


158 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/03(日) 11:54:54
おそらく全国の八坂神社も元は祇園社とか祇園寺とか呼ばれていたのではないでしょうか
社名は変わっても祭りは祇園祭りと呼んでいるところが多いと思います。
神仏分離でも祭りの名前だけでも残そうとしたのではないでしょうか。

中国には「封神」という思想があります。
生前功績のあった人物に神として封じる考えです。
または神に官位を授け、皇帝の権威を高めようとする思想ですが
日本の御霊信仰や死者を神として祭る習慣とのかかわり、
稲荷神に官位を授ける風習との関連を調べようと思っています。

159 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/03(日) 13:01:42
>>154 >>155
米軍が京都・奈良の文化財に配慮して空襲しなかったというのは、戦後GHQの
作り出した全くのデマ。本土空襲が始まった当初は、京都も小規模の空襲を
受けた。それがある時期以降ぱったり停まったのは、京都は原爆の投下候補であり、
原爆の破壊力を正確に測定するためのもの。奈良は当時は小都市で、元々
空襲の対象外。詳しくは「京都 空襲」で検索してみて。

160 :名無しさん@京都板じゃないよ :2006/09/03(日) 15:12:43
敗戦時に進駐して来た米軍が高野山の赤不動を見て避けて逃げ出した
と云うのはケッコ有名な話。

てゆうのも、明治政府の政策の成りの果てとして関東に米軍基地が集約していて
関西に皆無ちゅーのも、京都呪界の呪力分解能が100とすれば、関東・東国のは一桁の
2〜3程度に思える。でないと今の血塗られた神社なんて騒ぎになるはずが無い。

161 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/03(日) 16:14:07
明治の神仏分離の先駆となった石清水八幡宮が仏教色を取り戻することは
日本全体にとって良いことです。
また明治には牛頭天王の類と否定されましたが、旧来の祇園御霊会が復活すると
いいですね。


162 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/03(日) 16:20:32
>>159 当時はのはを「も」に訂正しろよ。
ウォーナー博士を知らないのか?安倍の文殊院に聞きに行ってこい。

163 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/03(日) 16:27:55
日本国最古の神社から調べていくと全部判っちゃうよ。
調べてみたら。

あなたたちは偉いと思う。

宗教界のリーダーとなれ。!! いや、なってね(V_V)~

164 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/03(日) 17:38:11
>>162
ウォーナーの文化財リストは、日本だけでなく連合国側、同盟国側の各国を
対象としてつくられ、これはドイツによる文化財略奪に供えた返還のための
リストであるとともに、戦後の賠償を要求するための資料であったことは
アメリカの公開文書で明らかになってるよ。
ウォーナーリストにある日本の文化財で空襲を受けたものも、名古屋城、
大坂城、岡山城などいくらでもあるし、そもそも京都の受けた空襲って、
清水寺のすぐそばだよ。いまだにGHQのでっち上げを信じてウォーナーを
崇め奉ってるのって、安倍の文殊院と法隆寺ぐらいだろう。

165 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/03(日) 18:37:26
でっちあげだったのか・・・・・

166 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/03(日) 21:30:00
>>150
所謂「義民」は?
横死者ってわけでもないけど、神にはなってるな。

167 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/03(日) 21:32:02
>>155
>不思議も糞も米軍が文化財に配慮したんだろ。
それにはついては反証もあるから何ともいえん。
司令官や責任者にも寄る。

168 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/03(日) 21:34:08
>>158
>稲荷神に官位を授ける風習との関連を調べようと思っています。
それは社格に対する官位であって、稲荷神に対する官位じゃない。

169 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/04(月) 17:31:09
>それは社格に対する官位であって、稲荷神に対する官位じゃない。
そうなの?
官位ってそもそも人格に対して授けられるものだから、社格は稲荷神の
神格そのものじゃないの?
あと官位が稲荷神社以外の神社の社格に授けられた例って他にある?

170 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/04(月) 21:53:25
>>169
>官位ってそもそも人格に対して授けられるものだから
「笏」にも官位があるわけだが。

>社格は稲荷神の神格そのものじゃないの?
日本全国に、稲荷神をまつる神社がどれだけの数あると思う?

171 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/04(月) 22:42:52
電波スレ よくある馬鹿の自作だな

172 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/05(火) 08:46:56
明らかな間違い。ある官位には規定の装束が決まっているだけの話。
「正一位」などは稲荷神の神階をあらわす。社格ではない。
たとえば東大寺大仏建立に際し八幡神が勧請され一品が授けられ比め神には
二品が授けられた。

>社格は稲荷神の神格そのものじゃないの?
>日本全国に、稲荷神をまつる神社がどれだけの数あると思う?

質問の意図は理解不能だが
同じ稲荷神なのに官位の差があるのはなぜか?という疑問は「沙石集」に既に見られる。
即ち中世ではそれぞれの稲荷神に対し官位が授けられると理解されていた証左。


173 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/05(火) 20:59:02
明らかな電波スレ よくある馬鹿の自作だな


174 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/05(火) 22:13:39
>>172
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/神階


175 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/09/10(日) 12:30:35
>>158
うちの田舎の神社は、本地堂が名前だけになって久しいですが、未だに神社自体の地域で
の呼び名は「祇園さん」ですね。意味は忘れられていますが。

>>166
刑死されて祟りがあった様にも言われていますし、広義の横死でしょう。
お菊やお岩も地域によっては稲荷(一般的な屋敷神ゆえか?)に祀られてい
ますね。若宮や新八幡と呼ばれるものも死者を祀った場合が多い。

>172
>同じ稲荷神なのに官位の差があるのはなぜか?という疑問は「沙石集」に既に見られる。
『三代実録』や『日本紀略』に、位を授けるにあたって「社は異なるが同じ神である」と
いう説明が見られますから、逆に言えば社が異なれば一般的には別の神格があると考えら
れていた様に思えますね。

176 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/09/10(日) 12:39:41
>>164-165
でっちあげというより、アメリカ側に期待した日本の文化人の間で生まれ、
GHQ側もあえて否定しなかった(のを日本のマスコミが報道)ことから
生育されていった話だった様ですね。
ウォーナーもスチムソンも日本人に勝手に感謝されていますが、共に当然
の事ながら否定していました。
それを日本人が勝手に「奥ゆかしい」と賛美するものだから、しまいには
誤解がとけないことに怒り出したとか。
どうもアメリカへの日本の文化人の「媚び」が生んだ様な気がします。
文化人とかマスコミとかいうのは、時勢に流されるばかりか自分から相手
の方に泳いでいきがちですからね。

祇園祭の事ですが、京都では祇園御霊会と書かれた看板も目にしました。

177 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/10(日) 21:58:26
>>175
>社が異なれば一般的には別の神格がある
すると神階は
 個々の神格に対する位階ではなく、社格としてのニュアンスが強い
という認識でいいんですかね。

嘉祥四年には全国の神社に対して神階が贈られてるみたいなんで
そんな気がする。

178 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/17(日) 22:33:03
仏教なくして神道の生き残りはありえなかった。
仏教があればこそ神道がこの時代まで信仰されてきた。
って神戸の某神主さんが言ってた。
仲良くせんとの。

179 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/22(金) 22:21:53
つい最近の話だけど、延暦寺で
大々的に暴力団組長の法事かなんかを
やったそうな。
お布施はたんまり貰ったんだろうねえ。
もう一回、焼き討ちしたほうがいいんじゃないかな?

180 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/22(金) 22:41:00
>>178
現代の蘇我かね

181 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/22(金) 22:54:23
確かに仏教がなければ大和島根はキリスト教に侵食されてたかもね。
そうなったら多神教の神道がどうなっていたことやら・・・

182 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/23(土) 10:24:57
>179
ヤ○ザと特定神社の関係を知らんのか?
持ちつもたれつの世の中だ
要らんことを突っつくんじゃない。

183 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/23(土) 10:39:16
>>145
素晴らしいですなー。

184 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/23(土) 13:22:38
かなり大きな伽藍を誇っていた深川の永代寺はかなりの影響を受けたみたいですね。

185 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/23(土) 17:07:15
永代寺は富岡八幡の別当で、いまの深川公園一帯が境内だったみたいですね。
成田不動の出開帳で賑わっていたそうです。
江戸六地蔵も有名だったようですが、壊されて鋳物屋に売られてしまったとか・・・
深川不動も桂昌院の発願だし、徳川家とゆかりがあったから、破壊されたのでしょうか?
深川の商家も幕府に献金していたみたいだし・・・
ちなみに最後の住職は還俗して富岡八幡の宮司になったそうですね。


186 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/23(土) 17:10:17
深川不動は真言宗でも違う宗派ですが?
確か永代寺は高野山関係でしたが・・・

187 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/23(土) 22:32:20
>>178
>仲良くせんとの。
って部分には同意するが
「仏教なくして神道の生き残りはありえなかった」って部分には疑問がある。

当初、神道(というか天神地祇)に近接してきたのは空海や最澄ら高僧たちだし。

188 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/24(日) 18:34:34
>>187
お互い持ちつ持たれつやって来たって事だろ。
仏教だって神道に接近してなかったら、儒教や道教にしてやられてたかも。

189 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/25(月) 17:09:48
>188
笑った・・・
あのね、仏教はインドから日本に伝わったんじゃないんだよ。
中央アジア、中国、朝鮮半島を経てるわけ
儒教や道教はどこの国の宗教だと思う?中国だよね。
日本に伝わる前に儒教や道教とは接触済みだし、
長い歴史で弾圧を受けることにもなる。

まあ気持ちは分かるが・・・・
世界宗教である仏教は伝播した土地でそこの土着の信仰を取り入れてきた。
神道はその一つに過ぎないんだよ。

190 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/25(月) 17:29:06
>187
ついでに言うと神仏習合は空海、最澄が最初じゃない。
東大寺大仏建立と八幡神の話を知らない?
宇佐八幡宮には6世紀には神宮寺があったし
745年大仏建立に際しては、大神氏のほうから朝廷に八幡神の神託を上奏した。
さらに伊勢神宮でも仏法帰依の神託が出ている。

しかし、これらはあくまで朝廷が神祇信仰を利用して大仏を建立しようとした政治的意図である。
あんたは神道対仏教とういう宗教勢力の問題にしたがってるようだが
歴史はそんな単純じゃない。

その後、空海、最澄が八幡信仰を布教に利用したのは周知の通りだ。


191 :187:2006/09/25(月) 22:06:44
>>190
>神仏習合は空海、最澄が最初じゃない。
私度僧ないし行基の名をあげる例は知ってるけど
”具体例”としては、流石に根拠にかけると思ったんでスルーしました。
不勉なため、最初の事例を御教授ください。

>宇佐八幡宮には6世紀には神宮寺があったし
「宇佐八幡宮弥勒寺建立縁起」のことかな?
これって、6世紀に成立した資料じゃないと思うんですが。

>神道対仏教とういう宗教勢力の問題にしたがってるようだが
そう見えましたか、でしたら誤解です。

192 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/26(火) 15:38:03
『宇佐八幡宮弥勒寺建立縁起』はおそらく11世紀初頭
『八幡宇佐宮御託宣集』は1313年編纂
どちらも古くは無いので確かに信用にはちょっと欠けます。
しかし欽明32年(571)の宣託で八幡神が自分が「応神天皇」であり「護国霊験威力神通大自在王菩薩」であると
名乗っていること(平安末の『扶桑略記』にも同じ記述)
『日本書紀』の用明2年(587)に豊国法師が天皇の病気を治すため宮中に参内し儀式を行った。
宇佐八幡宮周辺より法鏡寺、虚空蔵寺などの多数の寺院跡(6世紀末から8世紀)が発掘されていること。
等から6世紀末には神宮寺があったと考えられる。
また書紀に記載の「豊国奇巫」「豊国法師」は純粋な仏教僧というよりは土着のシャーマニズムと
習合した新羅仏教と考えられています。
つまり、すでに神仏習合が始った仏教が北部九州に伝来していたわけで、日本の神祇信仰と習合するのは
容易かったと考えられます。
また北部九州に限って言えば、求菩提山、英彦山の開山縁起にも道教やシャーマニズムと習合した仏教の痕跡が見られます。

193 :187:2006/09/26(火) 22:42:19
>>192
丁寧な説明ありがとうございます。
大変参考になりました。

>虚空蔵寺などの多数の寺院跡(6世紀末から8世紀)が発掘されていること
この寺院って、考古学的にも6世紀末の建造ということで決着してるんでしょうか?
手元の事典類には、奈良期の建造説ばかりなもので。

>神仏習合が始った仏教が北部九州に伝来していたわけ
この辺は了解してます。
日本書紀の編纂時には既に、宇佐八幡において
神仏の習合がある程度まで(社の縁起として公認されるくらいまで)
進んでおり、それが「欽明天皇条に反映されているんだろう」と
考えてましたんで。

194 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/27(水) 09:54:37
>虚空蔵寺などの多数の寺院跡(6世紀末から8世紀)が発掘されていること
法鏡寺、虚空蔵寺や四日市廃寺、垂水廃寺、相原廃寺出土の軒丸瓦の様式から
は7世紀末よりくだらないとされています。
また賀川教授の事件もありますし・・・考古学的裏づけはまだまだ?だと思います。
ただ、近くの古稲荷古墳と同時期の地層からも建物跡は見つかっているようですが・・・

6世紀末には寺院があったという最大の根拠は書紀の用明2年の記述の豊国法師慧仁
の存在ではないでしょうか?
因みに、手元の日本仏教史辞典p537、cには「豊前国では宇佐八幡宮の周辺に6世紀末から7世紀初め
法鏡寺、虚空蔵寺など数か寺が建立され、やがて弥勒寺に統合され」となっています。

195 :名無しさん@京都板じゃないよ :2006/09/27(水) 23:04:51
今の神道をパワーアップして再興したいなら、台密、東密に神道神の為の理趣経修法を
させないと駄目。

196 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/09/27(水) 23:07:39
>>195
どういう事なんだかもう少しキチンと説明してくれないか。

197 :名無しさん@京都板じゃないよ :2006/09/27(水) 23:13:57
76年頃、台密が万国戦没者追悼法要護摩供を修法していた頃には
靖国は今みたいに荒れてはいなかった。あの供養が止まった途端に荒れだした。

理趣経修法は日本神道神に絶大なエネルギーを与える昔から在る方法論だ。


198 :187:2006/09/28(木) 22:10:04
>>194
重ね重ね、丁寧なレスありがとうございます。

>古稲荷古墳と同時期の地層からも建物跡は見つかっているようですが・・・
これも寺院の形式なんでしょうかね?
北九州は特異な文化を形成していて面白いですな。

199 :187:2006/09/28(木) 22:11:07
>>195
>台密、東密に神道神の為の理趣経修法をさせないと駄目。
それ、平田篤胤も研究してたな。>密教の神道への導入

200 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/01(日) 09:51:08
平田篤胤は仏教を批判していたんじゃないのですか?
それとも単に僧侶批判で、密教には興味があったのでしょうか?

201 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/01(日) 22:24:53
前回のレス、名前欄消し忘れてるな。オレ。

>>200
>それとも単に僧侶批判で、密教には興味があったのでしょうか?
基本的に平田篤胤はオカルト好き。

妖怪だって普通に信じてるタイプの人だから
密教や方術などなど、その手の研究はしてました。

202 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/02(月) 04:52:07
552年:仏教伝来。欽明天皇が群臣にその処遇を問う。
715年:越前国気比大神の託宣により、神宮寺を建立。
**年:宇佐八幡神、八幡大菩薩の号を贈られる。
**年:鹿島の神が仏道に帰依すると託宣。
     満願禅師、神宮寺を建立。
763年:伊勢国桑名郡の多度大神が
     仏道に帰依すると託宣。満願禅師、神宮寺を建立。
**年:伊勢神宮に神宮寺が建てられる。
**年:賀茂大神が仏道に帰依すると託宣。
     岡本堂(神宮寺)を建立。
**年:若狭国若狭彦大神が仏道に帰依すると託宣。
      神願寺(神宮寺)を建立。
貞観年間:賢和(元興寺の僧)、
       近江の奥津島大神の託宣により、神宮寺を建立。


203 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/05(木) 00:09:57
>>200
平田篤胤本人はともかくその子弟たちが明治維新のとき水戸学の連中と
暴れてたのも廃仏毀釈の原因だし微妙だなあ・・・。

204 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/05(木) 21:59:49
>>203
流石に当の本人もソコまで責任もてんだろう。

205 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/06(金) 12:15:52
>>204
もともと平田篤胤は電波系だから、
弟子どもの電波が次第に強くなったということでw

206 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/06(金) 14:25:13
10世紀には伊勢神宮は唯神主義に成ってる


207 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/06(金) 16:46:46
天狗寅吉は仏教批判をしてたけど・・
寅吉をどう思う?天才か?電波か?それとも演技?

208 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/06(金) 17:35:50
カスパール・ハウザーっぽい。
電波同士、気が合ったんだろう。

209 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/06(金) 22:02:46
>>205
>弟子どもの電波が次第に強くなったということでw
平田派といっても色々いるから、一括りにすると評価間違うぞ。

210 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/06(金) 22:04:36
>>207
>寅吉をどう思う?天才か?電波か?それとも演技?
寅吉については、現代医学の見地から説明できる病状があったハズ。
病名は忘れたけど。

211 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/07(土) 02:26:40
>>209
基本的には平田の持つ「日本神道原理主義的な電波思想」というのは
どの弟子にも受け継がれているよ。だから平田派というわけで。
だが、平田は近代初頭の非西欧の世界中の原理主義者にしばしば見られるように
西欧の学問に対して強い興味を示し、かつ積極的に理解しかつ理解出来ている。
極めて頭が良く優秀なんだな。ここを受け継ぐ弟子も多いから
評価というのが様々に分かれる原因となる。
神道原理主義の極端な古代神秘主義と、西欧科学の柔軟な理解が
両立するというところが、同時代においても平田の魅力だったのだろうね。
だが、この洋学理解に対する
江戸時代後期・末期の仏教僧侶の頭の悪さと消極性というのはちょっと致命的だ。
明治維新の思想潮流に仏教が殆ど噛むことができず、挙句廃仏の憂き目に遭うのも
同時代の僧侶が押並べて頭が悪かったという理由も大きいのかもしれない。
洋学者の主敵であった儒学者にさえ置いていかれている。

212 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/07(土) 17:25:56
仏教界も人材不足だったわけか
そういえば、西洋の宇宙論に否定された須弥山思想をなんとか
辻褄あわそうとがんばった人もいたな
うまくいかなかったみたいだけど。

213 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/07(土) 18:38:09
>>207
寅吉は平田篤胤と後年別れてから、ある寺に入り坊主になっている。
晩年までに還俗して商売しながら世を過ごしたけど
この経緯から、仏教批判は篤胤の影響ではないか?と言われる説もある。
篤胤の取材以降、寅吉の言葉とされるものが世に出なかったので、真実はどうだったか判らないけどね。

214 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/07(土) 22:04:59
近世仏教は、檀那制度とか、宗門改め(耶蘇教対策)とか、幕府行政の
一部って面がつよくなってくるから、よけい中世のような
エネルギーは感じられないわな。

破戒僧の多さとかもあって、江戸庶民から”いらぬもの扱い”(江戸時代の見立番付)だし。

215 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/08(日) 10:12:04
廃仏で、とっとと神官に鞍替えした僧侶もいたようですし、
さほど仏教に愛着はなかったと言うか・・生活のためだったのか・・

神官になってその後また出家した人がいれば少しは救いになるような
気がしますね。

寅吉は特異な体験を思ったが故に、好奇心旺盛な大人たちに翻弄されたんでしょうね。
「神隠し」といっても単なる「人さらい」でしょうから、手慰みにされたかもしれないし
トラウマも・・・
今で言う「児童監禁事件」

216 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/08(日) 10:49:49
仏なんて言うのは、さっさと燃やしちゃえばいいんだよ
廃仏棄却おおいに正解。御釈迦様の教えを実践するのを止め
葬式と金儲けに走る坊主の現状から見ればもっともな事だと思う

217 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/08(日) 11:25:39
淡路伊弉諾神宮の本殿は古墳の上に建てられてますが
おそらく海流の文化伝承などから建造当時は掘建形式ではないかと推察w

↓>北九州は特異な文化…ですか?

198 :187 :2006/09/28(木) 22:10:04
>>194
重ね重ね、丁寧なレスありがとうございます。

>古稲荷古墳と同時期の地層からも建物跡は見つかっているようですが・・・
これも寺院の形式なんでしょうかね?
北九州は特異な文化を形成していて面白いですな。

218 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/08(日) 18:51:12
>>211
>神道原理主義の極端な古代神秘主義と、西欧科学の柔軟な理解が
>両立するというところが、同時代においても平田の魅力だったのだろうね。
平田篤胤の評価、なるほどですね。多謝!

>江戸時代後期・末期の仏教僧侶の頭の悪さと消極性というのはちょっと致命的だ。
禿銅。

平田の持つ開明性と、神道原理主義の極端な古代神秘主義(電波性)は、納得です。
しかし、平田の末流になると、開明性では勝負にならず(他の優れた学者多数)、
残る電波性(独自性と排他性)が強化し、皇国史観にまで行き着くのは、甚だ不幸の結末。

思うに、独自性(=固有性(日本であろうと、他であろうと))そのものには価値がなく、
他と合理的に比較した優位性(有用性と普遍性?)があるときのみ、価値があると愚考します。
このあたりが、平田と弟子達の限界ではないでしょうか?(素人の独断ですがw)

219 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/08(日) 21:41:35
デムパ?

220 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/08(日) 22:19:48
>>216
>葬式と金儲けに走る坊主の現状から見ればもっともな事だと思う
江戸時代にもそんな批判はあったから、廃仏毀釈も起こりえたんだろうな。

今でいう文化財保護の観点から、個人的に廃仏毀釈は汚点だとは思うけどね。

221 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/08(日) 22:22:55
>>217
>淡路伊弉諾神宮の本殿は古墳の上に建てられてますが
>おそらく海流の文化伝承などから建造当時は掘建形式ではないかと推察w
から>>198にツッコミを入れる経緯が理解できないオレ187。


222 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/09(月) 13:15:27
>216
江戸時代というか農地解放まで寺院の収入のほとんどは葬式じゃなくて
所領から上がる年貢米だったんですよ。

大寺院では、その利権をめぐり社僧と神官がしのぎを削っていたわけですね。
どちらとも宗教活動はおろそかだったから、明治に大教院なんかに統合され
ちゃったわけ。だから明治は神道にとっても不幸だったわけだ。
自業自得だけどね。

223 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/09(月) 21:49:41
寺も神社も高利貸しやってたもんな。
萬田はんもビックリの金利で。

224 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/10(火) 00:28:47
>>222
東京芝の増上寺・大教院ですね。
放火に遭うし潰れちゃて、日本仏教界が停滞してたのは事実だけど
国学者も神道家も口だけで駄目駄目だったのは歴史が証明しちゃってますね。

225 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/10(火) 13:01:50
幕末の国学の隆盛は「流行神」みたいなもんですな。
結局、明治になると近代化に逆行するからと衰退。

一方で過激な右翼組織に変貌していった。
元が、尊皇攘夷だからテロはお手の物。
それが昭和まで続いて政治組織になり、
一部はシナ満州で軍部の特務機関と協力して謀略に手を貸す・・・



226 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/10(火) 21:54:47
>>225
>元が、尊皇攘夷だからテロはお手の物。
それの本家は国学派じゃなくて、水戸学派だとオモ。

227 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/11(水) 09:06:53
熊本の神風連って水戸学?

228 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/11(水) 22:05:09
>>225
>幕末の国学の隆盛は「流行神」みたいなもんですな
国学は国語学・史学・歌学・民俗学・日本文学に分科してるじゃん。
とマジレス。

229 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/12(木) 00:01:15
>>225-227
幕末の「国学」と言われるものには全く質の異なる2つの要素が
見た目上は混合しているように見えるから注意が必要。
純粋な国学は、比較的素朴な部族社会を表す記紀を読み解くところから
始まっているので、元来そんなに激しい狂った行動力をそもそももたない。
だが、いわゆる水戸学は一見国粋主義の面をしているが、
中身は大義名分論という朱子学つまり儒教そのもの。
一言で言えば日本古来の伝統からは大きく逸脱する「特定アジア思想」だ。
(あと、平田派というものあるが、これには西欧思想の影響が指摘される)
平然とテロを行い、形而上学的正統性に拘って血みどろの思想党争を行い、政治が大好きで、
常に上下の服従関係しか理解できず、そして思想の故郷である特定アジアへの関与が大好き。
どう見ても支那か朝鮮にしか見えません。本当にありがとうござ(ry

230 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/12(木) 09:34:34
>国学は国語学・史学・歌学・民俗学・日本文学に分科してるじゃん。
>とマジレス。

それって国学から分化したんじゃないんだけどね・・・
大学に文学部が設置されたいきさつを知らない?
「伝統の発見」はヨーロッパからもたらされたんですけど・・・

確かに戦前右翼の国粋主義は朱子学的だね
本来の国学は専ら、日本にしか目が行っていないから、外国に対しては
無関心(平田は別だが)。
明治の征韓論などは吉田松陰の影響もある。


231 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/12(木) 12:45:22
東アジアをだめにしたのが朱子学ってわけだね。
江戸期の日本も朱子学は趣味程度におさえて陽明学や心学の研究者が藩政のブレーン
だったし。

232 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/12(木) 17:55:44
日本の朱子学は易姓革命を否定と言うか無視していたから、特殊な朱子学と
言えるのではないでしょうか。

233 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/12(木) 20:37:16
>>229
>水戸学は・・・一言で言えば・・・「特定アジア思想」だ。

皇国史観も「特定アジア思想」の一種ですかね?
それならば、納得できることが多いw

234 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/12(木) 20:39:21
坐禅と見性 四十五章  見性公案
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1158077346/

問う。
『 この場に坐したままで、30メートル先のローソクの炎を吹き消せ。 』
答える。
     ・・・と。


友好スレ
精神世界で癒される第15章
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/healing/1156683671/


235 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/12(木) 21:01:57
>>234
ヲイヲイ、激しくスレチガイだろw

これが坐禅の成果かよw

236 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/12(木) 22:05:43
>>230
>それって国学から分化したんじゃないんだけどね・・・
>大学に文学部が設置されたいきさつを知らない?
なんか学制史と研究史がゴッチャになったね?


237 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/12(木) 22:17:01
>>231
>江戸期の日本も朱子学は趣味程度におさえて陽明学や心学の研究者が藩政のブレーン
それは流石に違うんじゃないか?
日本における陽明学派(中江藤樹や熊沢蕃山の系譜につらなる学徒)は
藩政主流にのった例は少ないし、また心学(石田梅巌)にいたっては
庶民教化の色彩がつよいだろ。

ことに官学として藩校にされるは大抵が朱子学なんだし、江戸期の主流は
あくまでも朱子学だと思う(藩校によっては朱子学以外認めてない例も多いし)。

238 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/12(木) 23:05:02
>>233
もちろん当然そうだよ。「大日本史」なんてあんな大蒜臭い日本史書も無い。
本来の日本文化の統治者観というのはもっとルーズなものだった。
素朴な氏族主義と、仏教的因果応報・無常観と、素朴な武士的実力主義だけ。
いわゆる大日本帝国の功罪の内、「罪」の部分の殆どは、
実は水戸学が国粋主義に捻じ込んだ朱子学儒教がもたらした害悪と言い切れる。

議論喧しい靖国神社なんてのもかなり朱子学的なところがあって、
今の状況は「毒を以って毒を制している」ような状況だ。
つうか、今の松平靖国神社宮司くらいの毒々しさがないと、
押し寄せる特定アジア朱子学の害毒から日本を守ることはできないんだろう。
猛毒というのも使いようなのかもしれないw

239 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/13(金) 00:17:27
>>238
>本来の日本文化の統治者観というのはもっとルーズなものだった。
同意。

そういえば、最近の皇室典範の改正論議もヘンですね。
酒井信彦先生が、「男系絶対主義はシナ思想」と喝破してましたね。(『諸君』2006.10)

もちろん、靖国神社の論議も混乱の極み。
靖国神社なんて、古来の神道とは無関係、薩長の田舎侍がデッチアゲたもの。

「毒を以って毒を制している」のはいいが、
自身が毒に当たったのがわからないのは、困ったことです。

240 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/13(金) 01:15:55
皇国史観は必要毒なのかな?薩長侍が日本の庶民どもに欧米並みの国家意識
を植えつける為の。毒も少量なら良薬。

241 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/10/13(金) 08:44:19
>>192
釈迦に説法という気もしますが、八幡=応神説の初見は9〜10世紀初頭
の様ですね。それ以前は聖武天皇と同体説も出ている。
『三宝絵』や『枕草子』成立時点ではもう定着していた説ですが。

>>215
>廃仏で、とっとと神官に鞍替えした僧侶もいたようですし、
>さほど仏教に愛着はなかったと言うか・・生活のためだったのか・・
逆に、それまで社僧をやっていた人物だからこそ神を祀ることが出来ると
見做されたという捉え方もありますね。本人たちも込みで。
実際のところ、思いはそれぞれで一まとめには出来ないでしょうが。

242 :215:2006/10/13(金) 11:26:45
>241
なるほどですね。
社僧もいろいろでしょうね。
神官になるその経緯や心情を日記かなんかに残してあれば面白いでしょうね。

243 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/10/13(金) 18:47:45
法隆寺も(聖徳太子を祭神とする?)神社化する可能性があった様ですが、
後に「神仏混淆」と言われた状態であったからこそ、仏と神の間の垣根を
あまり意識せず、仏として祀れなくても神として同じ対象を祀ることが出
来ればいいというのはあったかもしれません。
神の方も同体として信仰していた訳ですから。

某宗派の機関紙などを読んでいると、明治末頃までは僧侶が本地垂迹説を
説き、「神道」国における僧侶と仏教の役割の正当性を主張していますね。
仏への崇敬は即ち神への崇敬であり、「神道」国家には反しないと。
明治も20年頃になると、廃仏・分離のダメージから立ち直ってくる。
とはいえ、制度の面で両者が分けられた後の事、分離以前の記憶を持たな
い世代にはこうした理論は受け継がれなかった様ですが。
大正はまだよく確認しておりませんが、昭和になってからの仏教擁護論に
は本地垂迹説は見えておらず、また神祇と崇敬の対象は同一であるという
主張も消え、仏教は仏教なりに護国をなすものであるとして、「神道」と
は別個の存在であると意識されていた様です(戦前の話)。
つまり、若い世代にはもう「仏教」と「神道」は別物だと認識されていた。

戦前には神道は宗教とは別次元の日本人の基礎である祖霊崇拝(これも平田
や本居あたりから積極的に唱えられた気がしますが)を中心とした思想であ
り、いわゆる「宗教」とは別次元の存在とされていましたが、一部神道家に
は仏教を排撃して「神道」のみを信仰せよという声もあった様です。
十五年戦争も後半になってくると特に目立つ。思想面でも余裕がなくなって
いたというか、仏教も含めて皆グダグダの時期でした。

244 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/13(金) 22:03:18
>>238-240
どうにも抽象論が多くて話題に入れねぇ・・・。

245 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/13(金) 22:08:51
>>241
>それまで社僧をやっていた人物だからこそ神を祀ることが出来る
ある意味「ノウハウがある人は貴重」という至極基本的な理由なのかも知れませんね。

246 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/13(金) 22:15:52
>>243
>祖霊崇拝(これも平田や本居あたりから積極的に唱えられた気がしますが)
それは違うんじゃないですかね。

記紀にせよ、風土記にせよ、神を氏族の祖として畏敬の対象としていますし
また『新撰姓氏録』なんてものが平安初期に編まれている時点でもって
「祖霊崇拝」という観念は神道と関わりの深いものと読み取れます。

247 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/10/13(金) 23:05:54
大晦日の魂祭が外来かどうかはさておき、たとえば『平安遺文』271号や
『貞信公記』などには先祖が死後一族の墓に時折帰還するという概念が見え
ていますが、『大鏡』や『栄花物語』の木幡浄妙寺建立に見える様に、平安
中期には祖先の霊は拝するものから追善の対象になっており、その後これが
続いていた様に思います。
盆に祖先が帰還するというのは、古くは院政期の『東山往来』に見える俗説
で、これが少なくとも仏教的ではないとは言えるでしょうが、さりとて「神
道」だと言えるものかどうか。
「神道」という統一された思想体系が実体としてあった訳ではないでしょう。
盆も結局は「地獄」からの救済などの世界観で捉えられた訳ですし。
仏典の内容がそのまま受容されていた訳ではありませんが、さりとて祖先が
日本史上で一貫して「崇拝」されていたかというと疑問です。
墓も位牌も無い状態で、どこまで崇拝出来たか。
誰もが祖先を崇拝出来る様になったのは近世からで、それに古代史を学んだ
本居以降の面々が色をつけて主張したというのが本当では。
盆も元々は特定の故人ごとに供え物を一定数用意して墓に参るもので、漠然
とした概念としての「祖先」に対するものではなく、「崇拝」の為に行われ
たでもなかった。

248 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/10/13(金) 23:27:56
墓や位牌も、元は個人々々のものですからね。
位牌型の墓石は江戸後期から見えてきますが、「先祖代々之墓」と刻まれる
様になったのは、そう古くもないのでは。
少なくとも、明治以降戦前まで盛んに喧伝されていた日本人共通の「神道」
というものは、神代の昔まで代々祖先を遡って最終的には神を崇敬する=
「祖先崇拝」の道だと言われていたもので、親兄弟といった通常意識される
範囲外まで対象を広げたのが肝心な点であろうと思われます。
日本人なら「祖先崇拝」をすべき⇒「神道」は何教徒であれ日本人であれば
当然受容すべき思想であると言われていた訳で。
しかし、古代の氏族ごとの神祭祀はともかくとして、日本人全員が神の子孫
だという主張は、そう古いものではないと思います。
本居は言っていたと思いますが。
ついでに言及しておくと、『玉鉾百首』に出て来る様な「いやしき」自然物
をも神とする「自然崇拝」も、直接的にはそう古くはなさそうです。
今更申し上げるのも恐縮ですが、前近代の雑多な「神祇信仰」と、明治以降
見解が統一された「神道」は別枠で捉えるべきでしょう。
246氏は古代の例を挙げられましたが、記紀や風土記の世界観がそのまま
続いて来たかと言えば、疑問が少なくありません。
一旦消滅した後、神格を日本人全員の「祖先」や自然物にまで付与したのが
近世の国学者ではないかと考えたのですが。

249 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/13(金) 23:52:17
>>239
皇室の男系継承に関する議論も、靖国の議論とソックリのところがあるね。
もともと、確かに皇室は最短でも1500年以上ずっと男系継承だったんだが、
これは古代以来の氏族制の、世界的に一番ありふれた形が継承されてきたという話。
(民俗学的に見て、女系継承や双系『継承』はかなり特殊に発展した形だ)
日本文化の枠内では、少なくとも近世以降、婿養子を完全容認(むしろ推奨)する
「イエ制度」が高度な文化として、武家や町人の間では確立しているので、
「氏族としての皇室を「天皇家」という「イエ」に改める」という考えは当然あり得る。
だが、朱子学を奉ずる特定アジアという隣国を抱える以上、問題はこれでは済まされない。
例えば、愛子様の配偶者が、キム某や劉某になってしまう場合を考えてみればすぐ分かる。
これで愛子様が皇位を継承して、その子が次の皇位につくとなれば
儒教的には間違いなく「易姓革命」であり「キム王朝」「劉王朝」が開かれるという理解となる。
これは大変なことなのだ。英国女王がスペイン人の夫君を持つこととは訳が違う。
そして、これは特定アジア人の「日本を大義名分上の中華属国に抑えこむ」という宿願を叶え、
「正しい華夷の上下秩序」を実現する、偉大なる「道義的な」行為なのだ。
だから、日本としては、こちらとしても『儒教そのまま』に
男系絶対維持を力説せざるを得なくなる。そうしないと、教義上彼らに勝てない。
「毒を以って毒を制する」とは、具体的にはこのようなこと。

250 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/14(土) 15:53:26
>>249
ヨーロッパの王室から婿をとればどうですか?

251 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/14(土) 17:42:31
皇室を含め日本文化が中国文化の影響を受けてるのはしょうがないでしょ。
いまでも帝王学では貞観政要が読まれてんでしょ?

>250
白人の王族が、黄色人種の女のとこに婿入りはしないんじゃない?わかんないけど。

252 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/15(日) 11:01:11
>>247
>祖先の霊は拝するものから追善の対象になっており
むしろ和歌の部立てにおける神祇や釈教の歌句を読んでいますと、意識としては”移行”というよりもむしろ”混在”の観をみますが。

>盆に祖先が帰還するというのは
そもそも「古学神道」において「盆」という行事を、「神道の様式」として捉えられている例なんて何かありましたっけ?(神学的に来世観の発展する平田神道以後ならば兎も角)

>「神道」という統一された思想体系が実体としてあった訳ではない
同意です。
制度ないし儀礼的様式としてなら、律令上かたまってはいますけど
あくまでも神道は「祭祀の古俗」に類する宗教だと思ってます。
(だからこそ儒仏耶など、外部思想の影響をうけすいわけですし)

>日本史上で一貫して「崇拝」されていたかというと疑問
この点は「一貫」という語を、どの程度厳密に捉えるかによって見解も変わるかと思いますが、大和朝廷が氏族制社会に根ざした官員形態をとっている以上、祖神教ないし祖先教的側面は否定しがたいかと。

>誰もが祖先を崇拝出来る様になったのは近世からで、それに古代史を学んだ
>本居以降の面々が色をつけて主張したというのが本当では。
「日本では昔から誰もが祖先を崇拝してきた」なんて主張をしている国学者って誰かいましたか?


253 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/15(日) 11:27:18
>>248
>「自然崇拝」も、直接的にはそう古くはなさそうです。
この場合における「古くはなさそう」とする例証はなんですか?
実証的観点からいえば「記紀」・「風土記」・「祝詞」などに登場する、アニミズムや精霊的な諸神なんかはモロに、「自然崇拝」の例だと思うんですが。

>前近代の雑多な「神祇信仰」と、明治以降見解が統一された「神道」は別枠で捉えるべき
どんな場合を例にして「別枠で捉えるべき」とするのかは存じませんが、私も前近代と近代以降の神道とではおもむきが相応に異なるという点で同意します。もっとも、前近代からの”連続性”は否定してませんので、これも”神学上”の発展様式の一つとして捉えてます。

この点は旧仏教と新仏教、海外仏教と日本仏教、儒学における諸派、キリスト教におけるカトリックやプロテスタントおよび諸派なども事情は似たようなものですから。

254 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/15(日) 11:28:04
>>248
>>記紀や風土記の世界観がそのまま続いて来たかと言えば
少なくとも私は>>246において「連綿と続いて来た」なんて種のことは言ってないはずですが。

>一旦消滅した後、神格を日本人全員の「祖先」や自然物にまで付与したのが近世の国学者ではないか
消滅したのかは知りませんが、儒仏の影響下にあって本来神道とされていたその持ち味が、かなり弱まっていたのは事実でしょうね。

といいますか、この点をも意識のうちに在して出発したのが近世の国学ですから、その点は国学者も否定はしないでしょう。「古道をあきらかにする」のが古学・国学者の”道学上”の職分ですし。


255 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/10/15(日) 14:45:24
>>252
>「神道の様式」として捉えられている例なんて何かありましたっけ?
失礼、貴方や国学者の発言として「盆」への言及があった訳ではなく、現
在でもよく盆を「日本古来の祖先崇拝」=「神道」の行事であると言って
「日本人の基層文化」とかいう言説が多いので、ついでに述べたものです。
「盆」は本来は仏事ではなく日本古来の行事だという事は、神>仏派の思想
家であったと思われる西川如見らが主張していましたし。
私の批判している対象は、専ら明治以降の「神道」思想を古代からの習慣で
あるかの様に主張している面々に向けられているものです。
某神道系大学の出身者や、日本文化がどうこうと言いながら六国史の題名も
言えない「ネットウヨク」に多いタイプですが。
失礼ながら、とりあえず判断した限りでは貴方もその類と見えたので。
違っていた様ですので、その点について謝罪致します。

>「日本では昔から誰もが祖先を崇拝してきた」
手抜きで申し訳ありませんが、同上で。

256 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/10/15(日) 15:14:26
>253
>実証的観点からいえば「記紀」・「風土記」・「祝詞」などに登場する、
「そう古くはない」というのは、神道家・国学者の諸説の中での話です。
古代にあったからといって、そのまま現代に信仰として論じるのに引き合い
に出す意味はあまりないでしょうから、近世以降の話をしております。
そもそも、「「神道」という統一された思想体系が実体としてあった訳では
ない」のですから、私が「神道に」という場合、明治以降かせいぜいその母
体となった平田・本居などの近世の思想家の説を対象としています。
(本居と平田も本来であれば一緒くたには出来ませんが、便宜上)
さて、近世以降の「神道」における自然崇拝についてですが、宣長はわざわ
ざ「いやしき」と言っており、『茅屋漫録』とそれに対する『高ねおろし』
の記述を見ても、神どころか神使としても動物に神性を求めないのが説が多
かった様に思うのですよ。

257 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/10/15(日) 15:17:14
民間の例には「いやしき」神霊も登場していますが、多くの思想家が神とし
て認めたのは、『延喜式』などに載せられた神社の神霊だったかと。
だからこそ、宣長も反対する立場からわざわざ弁護したのでしょう。
古代の例を見ても、天穂日命の行動といい、夜刀神への対応といい、水神へ
の瓢箪といい、寧ろまつろわぬ自然神は排斥されて、祭り上げられた神だけ
が公に認められていた様に思うのですが。
記紀を基準とするのであれば、天穂日命が草木から物言う力を奪いとにに遣
わされたという話は、明らかにアニミズム志向の否定でしょう。
天上の神々が地上の草木を認めていない訳で、万物の霊性を認めていない。
存在は認めていると仰られるかもしれませんが、少なくとも崇拝していない
のですから、アニミズムからは外れるでしょう。
(そもそも、アニミズムという言葉自体汎用性が高過ぎて使い難いですが)
『大祓』にも、草の言葉を止めるという一節がある。
寧ろ特定の神格にのみ崇拝する様に進行していったのが古代の政策では。
それが悪いなんてことは言いませんが。
中世の仏教系の「神道」でも、こうした自然神などは実社神と呼ばれており
畜生の身から解放するもので信仰すべきではなかった様です。
とはいえ、俗信レベルで自然物への信仰が続いていたのは事実ですが。
ただ、寺社に所属していた人々や近世の国学者の見解は別ではなかったかと。

258 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/10/15(日) 15:20:17
>”連続性”は否定してませんので、これも”神学上”の発展様式の一つとして捉えてます。
前近代(とりわけ中世)の形態を見ていると、仏教の一分野と化していた訳
で、独立した「神道」の発展する形態と見られるかという気がします。
やはり、時代ごとに「日本人の信仰」として見るのが良いと思います。

>254
>少なくとも私は>>246において「連綿と続いて来た」なんて種のことは言ってないはずですが。

>記紀にせよ、風土記にせよ、神を氏族の祖として畏敬の対象としていますし
>また『新撰姓氏録』なんてものが平安初期に編まれている時点でもって
>「祖霊崇拝」という観念は神道と関わりの深いものと読み取れます。
誤解であれば申し訳ないことでしたが、この点だけ見れば、そう判断しても仕
方が無かったであろうと思われます。
古代の例だけを引いて「神道」という呼称を用いておいでだった訳ですから。

>その点は国学者も否定はしないでしょう。
ただ、その「古道」が妥当なものであったかについては疑問もあると。
そして、(貴方にわざわざ申し上げる必要はなかった様ですが)その国学者
の影響を受けた「神道」をそのまま「古道」ならぬ「伝統」として信じてい
る人が多い様ですので、あえて申し上げた次第。

259 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/15(日) 19:20:32
>>251
>皇室を含め日本文化が中国文化の影響を受けてるのはしょうがないでしょ。
だからといって
「「正しい華夷の上下秩序」を実現する、偉大なる「道義的な」行為」
なんて(あちらさんに)思われたんじゃたまらんがな。(´・ω・`)

260 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/15(日) 22:26:46
>>255
了解しました。

>>256
>、宣長はわざわざ「いやしき」と言っており
宣長らしく当時の儒教的思想、所謂「漢意」の「禽獣」視を意識して発言かと。

>>257
>多くの思想家が神として認めたのは、『延喜式』などに載せられた神社の神霊
同意です。
思想家(儒教・国学・その他をふくむ)にせよ、僧侶にせよ、由緒のない(乃至わからない)祭祀に対しては、まるで「淫祀」として見ていたかのような発言は、ボツボツみられますからね。
これは諸教の別というより、観察者個人の資質によりそうですが。

>明らかにアニミズム志向の否定
これは各国の神話にもみられる「創世神話」や「起源神話」の類であって、イコール「アニミズム志向の否定」とはならないんじゃないでしょうか?
(ここでは、アニミズム=「生物・無機物を問わないすべてのものの中に霊魂、もしくは霊が宿っているという考え方」程度の意味で使ってます)

261 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/15(日) 22:34:48
>>258
>仏教の一分野と化していた訳
伊勢神宮における忌言葉や和歌の部立て、律令上の規程(律令自体は形骸化している時代ですけど)や朝廷における祭祀をみるかぎり、「一分野」と言い切るのには抵抗をおぼえます。

>時代ごとに「日本人の信仰」
同意です。ただ私は、その点に”連続性も認めうる”という視点ではありますが。

>この点だけ見れば、そう判断しても仕方が無かったであろうと思われます。
当書き込みの二行上記を御参照。

>「古道」が妥当なものであったかについては疑問もある
国学が実証主義(史料・文献)にもとづいて始められた学問である以上、誰かしらから疑義が呈されるのは、ある意味で当然ですね(国学者によって「古道」観も当然差異が見受けられますし)。

262 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/10/15(日) 22:44:30
>>260
>宣長らしく当時の儒教的思想、所謂「漢意」の「禽獣」視を意識して発言かと。
なるほど。その可能性も考えられますね。
国学者関係の論文ではなく、鎌田東二先生の解釈をそのまま受けていたのは迂闊
でした。関係論文を読んで勉強し直しておきます。

>思想家(儒教・国学・その他をふくむ)にせよ、僧侶にせよ、
ええ、無住道暁など一部は肯定というか容認していた様ですが、それもなかなか。

>アニミズム
私の場合、自然物に霊性を認めるのに加え、この場合崇敬対象とするという意味
で捉えました。自然崇拝の「崇拝」の面を重視したためです。
この話に関してですが、記紀では天津神々と物言う草木や岩石との間に壁が設け
られている様に考えられたので、例として挙げさせて頂いたものです。
少なくとも、同格の存在とは見られていない。
早世に関わった神々の系譜上の神々と自然界の雑多な霊は別物扱いではなかった
でしょうか。
ただ、日本史上に自然崇拝が存在したのは事実であり、時にはメジャーな寺社の
神格と自然崇拝の神格が同一視される事はあったと思います。
祟りを封じる為に、建設にあたって放逐した自然霊を他所に祭祀するという例も
珍しくはない。眷属扱いなどで、矢張り公的な神格とは扱いが違いましたが。

「神道の自然崇拝の新しさ」は、一般的な思想家のそれとお考え下さい。
民間で実際に崇拝されていたこととは、別に考えました。
仏教(系の神祇信仰)でも、眷属化や写経等による成仏祈願の対象とされた
ことが多い。民間と宗教家の垣根もどこまではっきりしていたのかは微妙で
すが。宗教家とはいえ、慣習に従った例も多かった様で。
また、説話集を読んでいても当然ながら編者ごとに評価は異なりますね。

263 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/16(月) 22:32:12
>>262
>少なくとも、同格の存在とは見られていない。
でしょうね。
神道に限らず、他の諸宗教においても”神格”に順列が見られるのと同様かと。

264 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/10/17(火) 23:22:24
序列内に収まっているのであればよく見られる現象ですが、そもそも信仰の
対象とは認められておらず、『大祓』の文句でも草木の発言が否定されてい
た様に、神話時代の後も公的には抑圧されていた様に思うのです。
まあ、これも他の諸宗教においてもよく見られる現象ですが。

265 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/18(水) 22:05:26
>>264
>そもそも信仰の対象とは認められておらず
山野野衾 ◆CXSSL1llHIさんの仰る「信仰」の定義はわかりませんが、少なくとも神道では草木などに対しても”霊性”は認めてますんで、それもれっきとした「信仰」の一つでしょう?

念のため、山野野衾 ◆CXSSL1llHIさんの仰る「信仰」を御教授ください。

266 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/10/18(水) 22:47:16
神饌や奉幣の対象として崇敬の対象とされる、といったところでしょうか。
霊性を認めるとはいるだけなら、聖典に登場する悪魔鬼神も「信仰」の対象
となることになる。無理があると思いますが。

267 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/10/19(木) 23:18:22
>>266
>神饌や奉幣の対象として崇敬の対象とされる、といったところでしょうか。
そうなると、かなり適用範囲が限られるそうですね。
私は、神道上の「神」としての存在を対象物に認めた場合について、「信仰」との表現を使っておりました。

辞書でいうところの「経験や知識を超えた存在を認知し、自己をゆだねる自覚的な態度」といった意味合いにです。

>聖典に登場する悪魔鬼神も「信仰」の対象となることになる
この点については凶事をもたらす(場合もある)「荒御霊」や、民俗神道でいうところの”害虫神”なんかが似たようなパターンかと。こちらは”崇敬”というより”畏敬”にちかいわけですが。

268 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/12(火) 17:11:23
キリシタンによる廃仏毀釈
http://www2.ocn.ne.jp/〜oine/incident/urakami4ban.html

チルダが全角に化けるのはMacだからすまそ

269 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/03(土) 13:15:05
22 :名無しさん@京都板じゃないよ :2007/01/31(水) 16:36:52
【真宗の狂義】
「国王不礼」…カネにならない限り天皇制を認めない。→共産党や創価学会と利害一致。→住居不法侵入して、せっせと共産党のビラ配り。
「神祇不拝」…真宗門徒はアミダ以外を拝んではならない。もちろん神社にいってはならない。→明治政府に嘆願書まで提出して「神仏判然令」を公布させる。→他宗寺院を襲撃・焼き打ち。アミダ以外の仏像を破壊し、掠奪の限りをつくす。


148 :名無しさん@京都板じゃないよ :2007/02/01(木) 22:22:08
>>22
>明治政府に嘆願書まで提出して「神仏判然令」を公布させる。→他宗寺院を襲撃・焼き打ち。
>アミダ以外の仏像を破壊し、掠奪の限りをつくす。

これってマジ? 前からぁゃιぃとは思ってたんだよ。
明治政府の仏教弾圧によって打撃を受けたのは神仏習合を常としていた宗派で
明治以前から習合を否定していた真宗にとっては痛くも痒くもないことだもんな。


225 :名無しさん@京都板じゃないよ :2007/02/02(金) 14:01:21
うちの寺(天台宗)は、明治の廃佛毀釈の時に、真宗禿に率いられた暴徒に焼き打ちされて中堂(本堂)含め全焼した。
僧侶たちが必死の思いで担ぎ出した本尊の観音様は、真宗禿たちが取り囲んでナタで割られた上燃やされた。
今にいたるまで真宗側からは何の謝罪もない。
正直、真宗には一門徒に至るまで全員今すぐに死んで欲しい。死ねば全員地獄に行くから。

270 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/03(土) 15:32:51
>明治以前から習合を否定していた真宗にとっては痛くも痒くもないことだもんな。

廃仏毀釈に一番抵抗したのが真宗なんだが。富山とか佐渡とか。

271 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/03(土) 15:52:26
〈廃仏毀釈と仏教界の衝撃…〉
廃仏毀釈が仏教に与えた衝撃は大きかった。しかし、出来たばかりの新政府が脆弱な基盤のため、
仏教界の協力を必要としていたことも事実である。両本願寺、特に西本願寺は鳥羽伏見の戦いの前
から朝廷に忠誠を誓い、鳥羽伏見の戦いの際には、御所猿ケ辻の警備を命じられた。また、東本願
寺は戦いの前に朝廷側についた。維新政府にとって両本願寺からの莫大な献金はありがたかった。
太政官が真宗各派にたいして廃仏の意志のないことを明言したのである。真宗は神仏分離や寺領上
知(じょうち)の影響を受けなかった、ただひとつの宗教である。廃仏毀釈の吹き荒れた地方でも真宗
の寺は抵抗した。
http://www.photo-make.co.jp/hm_2/ma_20.html

272 :権平:2007/02/09(金) 20:42:41
禅宗総管長の荻野獨園老師は偉い人。
各地で帰依されて多くの寺院を建立されましたね。

273 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/09(金) 20:54:34
廃仏毀釈さえなければ修験道の教義や修行法も豊富に後世に残ったと思う
残念でなりません

三重県伊勢市の伊勢神宮の外宮周辺には各宗派の寺が多く存在していたが
廃仏毀釈により破壊されてしまった

274 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/09(金) 22:04:16
廃仏毀釈も大きいが「近代化の波」もあなどれねぇ、とは思う。

275 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/02/11(日) 08:27:22
ttp://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2007021000063&genre=K1&area=K20
廃仏毀釈とは関係のない、近代化の波とやら例か?

276 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/14(水) 22:52:15
明治維新で廃仏毀釈が行なわれたが寺院の財産没収や僧侶の還俗→兵士へ
の職業移動が(生きるため)発生した。これってフランス革命やロシア革命
で聖職者が虐殺され、教会が破壊されたのと似ている。兵士になったら死ぬ確率
が高くなるわけだし。

〈明治4年に出た「寺領上知(じょうち)の令」……〉
古都奈良の寺や全国の由緒ある寺が一気に食べていく手段を失ったのである。そのため、
寺は内部から崩壊して、神職に走るものや仏像や寺宝を持ち出すものなどが後を絶たなかった。ここからも多く
の美術品の流失が始まったのであるhttp://www.photo-make.co.jp/hm_2/ma_20.html

一乗院の梵鐘は、南方郷の役所(枕崎)へ移され時鐘とした。すべての梵鐘は鋳つぶして大砲
や弾丸にすることになっていたが、時鐘だけは残すことになっていたのでこの処理になったが、のちに明
治十年、西南の役の時、薩軍の砲弾とするため私学校に送られた。

この様に、薩摩藩における廃仏毀釈は徹底的に行われ廃寺になった寺院千六百十六寺、
還俗した僧侶二千九百六十六名、その内の三分の一は兵士となつた。寺領の没収による財源は軍事費にま
わすと言う政治的、経済的理由があったと言われている。
http://tabetabe.hp.infoseek.co.jp/bounotukikou1-2.htm



277 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/26(月) 10:27:27
440 :日本@名無史さん :2006/08/23(水) 10:29:38
くそスレ立てるな。
藤原もそうだが、秦氏の血流が入っていない日本人はいないくらいメジャー。
文字通り秦氏は、中国系渡来最大の集団。朝鮮系?一時的な通路だろ。
始皇帝の確認された子弟27人の15世末裔たる弓月王が始祖という表記は
あながちうそじゃない。
幕末に暴れた島津、毛利、長曾我部、神保、賀茂、勝などは有力子孫。
古代より、秦氏による京都開府以来、有力な神社仏閣系、皇室、宮内庁関係は秦氏系譜で固められている。
葵祭りや松尾神社は誰を纏ってるのか知ってる?日本人の中枢だろ。

641 :日本@名無史さん :2006/11/04(土) 19:19:08
全国の神社総数10数万社のうち、秦氏の神を祭る神社は八幡
系四万社、稲荷系四万社、松尾、出石等その他ひっくるめて九
万社に上ると言われている。

278 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/26(月) 10:56:33
日本が今日の発展と繁栄を築いてこれたのには理由があります

明治の廃仏毀釈以来、食生活、価値観の欧米化により精神的
に未成熟でモラルの欠如した新人類と呼ばれる日本人が増加している

日本人の高いモラルと精神性、道徳、治安の良さは高野山、比叡山
伊勢神宮、四国八十八ヶ所、各宗派の本山、これらの霊的な結界に
守られた国家であればこそ実現していたのです

また、四季の移り変わりと澄んだ水や空気にも日本人の賢さの
秘密があります、しかし欧米型社会の到来で自然と日本人の心が汚
れてしまった、全てと共存する価値観はなく弱者を切り捨て自己都合
のみを優先させる欧米社会になりつつある

これは戦後のGHQが行った日本社会を根底から破壊する占領政策の一つ
である、しかしこの現実に日本の若者は見ようともせず目先の豊かさ
のみに心を奪われている

日本のような島国がゼロ戦や戦艦大和を建造できる知能を破壊しようと
している


279 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/26(月) 21:43:27
微妙に周波数高いな。最近のレスは。

280 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/03/28(水) 07:56:17
明治の廃仏毀釈は、GHQが行った日本社会を根底から破壊する占領政策です(><)

281 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/04/07(土) 18:07:21
↑ オイオイ!  明治の廃仏毀釈にGHQは無関係だろw!

廃仏毀釈もそうだが神仏分離令も日本の霊的な力を衰退させた大きな要因だな。
今更むりだろうが、今後の日本の為には神仏混交に戻すべき。

282 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/04/07(土) 21:58:08
>>281
ネタニマジレスカコイイ
つか、今さら戻されても帰って退く。

283 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/04/07(土) 22:26:40
神仏混交になんかしたら神祇不拝の真宗ハゲが騒ぐだろ!

284 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/04/07(土) 22:29:43
あれっ!! 真宗ハゲは仏教から除外すんじゃないの?

285 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/04/07(土) 22:44:01
それならいいよ

286 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/04/07(土) 23:35:40
神仏を再び融合し明治以前の宗教文化を復活させるのは良い事だが、一番足を引っ張る
抵抗勢力は真宗ハゲなんかではなく神社界だと思う。


287 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/04/08(日) 00:10:07
それは言えてる。

288 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/04/08(日) 00:15:51
神仏混交復活の妙案はないのかね??

神仏混交することで神社の収入が増えるとか何か方法を考えないと・・・・・・

289 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/04/08(日) 00:53:46
一昔前に比べると神社でも仏教的な行事を行うところ
結構増えてきたんだけどね。
前はやろうとすると神社庁がガタガタうるさかったらしい。

290 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/04/08(日) 00:57:03
昔は一緒だったけど、今は神宮寺と神社と分裂したような所で、一緒に神主と坊さんが出仕して共同で年中行事やるって
のから始めたらどうかな?
真言宗の坊さんも出仕する宇佐八幡のお祭りとか、浅草神社と浅草寺の仲良し関係みたいに。
神社側は寺より収入が少ないんだから色々地域に存在感をアピールできて、出番が増えるだけでも物凄く得するんじゃない?
他にも六字河臨法みたいな昔やってた神仏習合な珍しいお祭りも復活できるだろ?
でも、そのような動きが盛り上がれば盛り上がる程、神社界の一部の勢力が難癖をつけて批判して、神主のネットワークで
険悪ムードを漂わせて妨害すると思うwww
あからさまに否定はしないだろうけどね。
それに対して坊さん界は殆ど賛成すると思う。坊さんは神社にも参拝するし、寺の鎮守は
神様だし、神道を嫌がる宗派は存在しない。
神祗不拝の浄土真宗を除いては・・・。

291 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/04/08(日) 22:04:10
このスレだから神仏(再)融合賛成派も多いんだろうけど、
一般の人は大抵「今さら」感が強いか、もしくは興味無しが大半なんだろうね。

個人的には今さら感が強いなぁ。

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